なんですか、この見積もりは
本日の梅宮組との定例会議でも、依頼していた追加見積が梅宮組から提出されることはなかった。
私は満を辞して梅宮社長にメールを送った。
「見積が提出されないことが問題ではありません、再三提出すると約束をしているにも関わらず、見積を提出しないことが問題であり、そのような行為はありえません。」という内容だ。
すると翌日、梅宮組からこれまで変更依頼をしたつもりの内容、変更したつもりでない内容も含めて、金額が追加された見積書がメールで送られてきた。
「あ、ようやく来た、確認してみよう」と、パソコンでメールを確認するとそこには想像していなかった金額の見積が添付されていた。
「初回見積の範囲内で多少の変更は吸収してもらえる、金額が追加になる場合はその都度、金額提示をする。」そういう前提であったはずだった。
なぜならRRPは「編集しながら暮らす」をテーマにしているのだから、お部屋の詳細は工事をすすめながら入居者さんと決めていくやり方なのだ。変更といえば変更だけれど、どの程度であれば現場に負担をかけないか? はだいたい心得ているつもりだ。今回が初めての工事経験ではない。
例えば、電気スイッチの数はともかく、位置などを変更することはそんなにたいした変更ではない。そんな些細なことから追加金額が記載されていた。
こちらとしてもこれは増額という変更ももちろんあったのだけれど、梅宮組の見積りには変更という名のもとにほぼすべてのものが増額の対象になっていた。
それも初回見積の単価から考えても理解できない増額となっていた。
「これは、信じられない。すぐ梅宮組の梅宮社長に説明してもらわなければ。」
と設計の青山さんを通してアポを取った。
数日後、アポの時間に梅宮社長が来訪しいつものように淡々と部屋に入ってきた。
こんな見積をシラッと出して平然としている様子に、腹わたが煮えくり返っていまにも怒鳴り出しそうな自分を押さえ込んでいた。まずは説明の場に同席した設計の青山さんが切り出した。
「追加見積ありがとうございました。今回いただいた見積りですが、少し金額が高いように思いますが、内容をご説明いただけますか?」
「はい、まずはお見積の提出が遅くなりまして申し訳ありませんでした。遅くなりましたが、毎回の定例会議におきまして追加事項となった項目を追加見積にまとめさせていただきました。」
本来は細かく内容を詰めるべきところだが、私は怒りを抑えながらなるべく冷静にこう言った。
「お見積書を確認いたしました。申し訳ありませんが、予算を大幅にオーバーしております。」
「いただいた見積の金額の根拠もまったく理解できないのですが、見積内容についてご説明いただけますか?」
「はい、追加項目の見積をまとめさせていただきました。」
「我々としてもすべてを請求するつもりはありません。ただ見積としては記載させていただいております。」
梅宮社長はシレーっと見積について説明をした。
怒りと憤りで、正直その時どのような会話をしたのか今ではあまり覚えていない。
しばらく梅宮社長とやりとりをした後、建築士の青山さんがたしか、こうまとめたように記憶している。
「こういうことですか、見積の金額はバリューということですよね。」
「追加工事に対するバリューとしての金額ということですね。」
なぜこの言葉でまとめたのかは今ではよくわからないが約2時間ほどの話し合いをした後、近日再度話し合いの場を持つということで今回は終了とした。
しかしなにしろ気分が悪い。
この見積書が提出されてから気分が悪くて仕方がない。見積を一緒に確認している青山さんも、同様に感じていると言っていたが、この金額に対して徹底的に抗議をして訂正させるところまではやるつもりはないようだ。
たしかにこれは工事を発注した施主である私の責任である。人を見る目がなかったといえばそれまでだが、工期短縮を考えるばかりに業者選定から工事請負契約までを急ぎすぎた。自分を責めるしかない。
設計の青山さんはその後の電話で、こう私に告げた。
「私は梅木組の梅宮社長には、工事が完了するまであまり感情的にさせないほうが良いと思います。今は見積はいったん置いておいて、現在工事中の部屋の完成に集中するべきではないでしょうか?」
私はその方法が妥当なのかどうなのかよくわからなかったが、まずは工事を遅らせないことが優先であることには同意し、見積に関する件はいったん保留にしたままま工事を進めることにした。
ただ、新たなルールを設定してのことだ。
*新たに金額追加となるような変更は行わない。
*やむおえず追加したものは、その場で金額を確認する。
*減らせる項目は現在の追加項目から削除する。
そして私は毎週行なっていた梅宮組との定例会議に出席するのを辞めた。
工事開始からずっと毎週行なっていた定例会議のことを考えるとさらに腹がたって仕方がなかった。毎週あんなに時間をかけてコミュニケーションを取っていて、なんでいきなりあんな金額の見積が出てくることがあるのか?定例会議とは名ばかりで、時間の無駄にしか思えなくなったのだ。
定例会議にかけている時間に対して成果が少なすぎる。そして何より腹が立つのは、これまで費やした時間がまったくのコミュニケーションロスであった事実だ。
この見積をきっかけに、すべての人が信じられなくなりそうだった。
毎週の定例会議に出席するのを辞めた後も、設計サイドと梅宮組の定例会議はこれまで通り実施されていた。この時点で約束までの納期は約1ヶ月ほどであった。
私はこれまで通り毎朝現場の確認を行なっていたが、部屋の様子は1週間たっても、2週間たっても完成となる様子はなかった。梅宮組の工事は工事開始からしばらくは好印象であったが、途中 風呂場の天井のやり直しを実施して以降、図面とは違う大工工事などが頻発し完成した部分も壊してやり直しなどが一度でなく数回の頻度で発生した。
現場に入ってくる職人も当初とは違う人が出入りするようになり、工期残り2週間を切った時点で現場はノーコントロール状態であったように思う。私が現場に直接モノをいうと感情的になり大問題になると思ったので、設計の青山さんには納期は絶対であることを伝えた。
そして想像通り工期予定日の3日前くらいに突貫工事に突入した。
そして依頼したふた部屋のうちの最初の部屋の竣工検査の日、梅宮社長はシラーっとこう言った。
「***号室ですが、工事が遅れておりましてあと10日ほどお時間をいただいて....」
この時、もう我慢の限界で直接怒りをぶちまけた。これまで再三、工期は絶対であることを関係者に伝えてきた。毎週定例会議も実施した。それでも平気で遅れると言う。
そもそも今回、無理して梅宮組に工事を依頼する目的はなんだ?
目的はそもそも何なんだ?
「工期だ。工期コントロールができる」ということで依頼したのだ。
もうこの状況を黙認しているすべての関係者が信じられない。そう感じた。
梅宮組との、この後の事はもう書くのは辞めたいと思う。もうこれ以上書けないことが一度ではなく、三度発生することになるのだが、とにかくもう思い出したくもない。本当に勉強になった。
梅宮組の工事が終了して現在ではもう半年が経つ。
梅宮組のことも含めて今回のRRPの工事では、決定的に現場をコントロールできる人間が不在であったことは事実だ。予期せぬことが発生するのが工事だ。そのことを前提で、なんとかまとめきることが工事の全てだ。まとめきることのできる人材こそが、RRPには必要なのだ。お恥ずかしい限りではあるが、そのことを理解したのはもうすでにプロジェクトの終了が見えてきた頃であった。
あの時、
梅宮組の見積を追求せず、一旦保留にしたのは何だったのか?
最後にひとつ追記しておくと、結局梅宮組が請け負ったもうひと部屋は大幅に竣工が遅れた。
なにひとつ思い通りコントロールできなかったということだ。
そもそもこれまで一度として工期をコントロールできたことはない。情けない限りである。
このような産みの苦しみを経てRRPはなんとか形になっていった。
[この物語はフィクションです。]